|
先日妻に、
「誕生日、何が食べたい?」
と訊くと、
「“マダイのカブト煮”と“潮汁”が食べたい」
と言うので、料理長にお願いして作ってもらいました。
結婚して、妻が東京から柳井に来たばかりの頃は、鯛の刺身を食べて、「これはハマチ?」と質問していたくらいだから、その頃のことを思うと、妻もこちらに来て、ずいぶん口がこえたものです。
小田料理長は、私が個人的にお願いしても、
「男のためには作らん!」
と調理してくれませんが、妻や息子の誕生日などにはどんなに忙しくても“マダイのカブト煮”と“潮汁”を調理してくれて、
「用意してあるから調理場に取りに来い!」
と私の携帯に連絡が入ります。
他では決して味わうことのできない、小田哲哉の作る天然真鯛の“カブト煮”と“潮汁”は、この味に惚れ込んでいる私にしか語れない物語があります。
私はこだわりの一品というのは、久しくそれを食べないと禁断症状が出るというか、いてもたってもいられなくなるほど食べたくなるような料理だと思います。万人向けというよりは、好きな人にはたまらない、ごく一部の人だけが理解し、熱狂的に支持する一品。
くいしんぼうで天の邪鬼な私は最大公約数的な感じが嫌いです。変な例えですが、“万人向けのキムチ”を開発しようとして、“辛いのが苦手な人でも食べられるキムチ”が完成したとします。果たしてこの商品は“キムチ好き”の人に対して売れるのでしょうか?
実は先日、こだわりのお手本のようなお店を発見しました。“安兵衛”(博多中洲)というおでん屋さんです。九州方面のスポーツ関連の仕事でお世話になっている小石原さんが、「松前さんが絶対に喜ぶお店!」と案内してくれました。
お店に入るなり、目に飛び込んできたのは大きな銅鍋。真剣勝負で“おでん”を提供しているという雰囲気がビンビン伝わってきます。
「うちで用意したのがあるんで、(お出しするものは私に)まかせていただいてよろしいでしょうか?」
食いしんぼうの私に、このフレーズはたまりません。
「これからエンターテイメントの始まりです。」
と言わんばかりの大将の言葉に期待感が高まります。
「思いっきりとんがってくださいよ大将!」と心の中で叫びつつ“チラッ”と銅鍋の中味を見てびっくり。
なんと、ダシが真っ黒なんです。
大将に聞くと、関東風はダシが黒っぽいのだそうです。関西風の薄口醤油になれている私は、
「こりゃ辛そうだなぁ」
と少し心配してしまいました。しかし、食べてみると全然辛くなく、実際は、薄口醤油よりもこの方が塩分は控え目なのだそうです。
さっそく、大根、玉子、コンニャク、つみれなどの定番が次々と運ばれてきました。一口かじっては、熱燗でグイッと流し込む。どんどんペースが上がってきたところで、私は何かが足りないことに気付きました。
「大将、スジ下さい?」
この注文が第二幕の始まりでした。
なんと、関西風だと当たり前に鍋に入っているはずのスジが、関東風には入らない(“安兵衛”さんだけなのかな?)そうです。理由は、スジの香りが他の食材についてしまうからだそうです。
「そのかわり、うちではスジをポトフ風にして、別の鍋で炊いてあるんです。そちらでよろしいでしょうか」
頑固な大将のいるおでん屋“安兵衛”でポトフ。これ以上の演出が考えられますか?
「おでんとはこんなモノ」という既成概念を良い意味で裏切る大将の演出力は一流です。
ポトフの後の第三幕は、春菊とわかめをしゃぶしゃぶ風にしたものや、甘鯛のすり身や湯葉と銀杏の巻物などをいただき、仕上げに茶飯(お茶で炊いたご飯)と自家製のお新香で締めくくりました。
食いしんぼうの私にとっておでん屋“安兵衛”は、まさに食のディズニーランドでした。
|